いよいよ3回目の渡伯

  •   15, 2008 19:49
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渋谷で1年間勤めた会社を辞め、遂に三回目の渡伯(とはく)をする。
渡伯とはブラジルに行くこと。

今回は目的が二つある。
①念願のTambor de Crioulaの一番有名な師匠、Mestre Felipeに弟子入りする事!
②自分のカポエイラの先生を見つける事!

まず①から。
Tambor de Crioula(タンボー・ヂ・クリオーラ)とはブラジル北東部のマラニャォン州にのみ存在する伝統芸能である。
カポエイラみたく皆で輪になり、大中小の太鼓を男たちが演奏しながら歌を歌う。
輪の中では女が太鼓に向かって踊る。
しばらくするともう一人の女が踊りながら入ってきて、二人は向き合ってクルクル回り続けたかと思うと、最後にへそ同士をぶつけて一人は出ていく。
これは実際に目の前で見ないと伝わらないのだが、ものすごく独特でかっこいいリズムと歌なのだ。

自分でもよく分からないのだが、どうしてもマラニャオンに惹かれてしまう。
2003年に初めてブラジルに行った時にカポエイラの世界大会のプログラムの一環で、
ブラジル中の民俗芸能を実際に現地のアバダ出身の人達が披露する時間があった。
試合を見疲れて意識が朦朧としていたのに目が覚めたのはこの独特なTambor de Crioulaのパフォーマンスだった。

2005年から1年間リオで生活していた時も、縁があったのはマラニャオン出身の人達。
2006年に初めて自分の脚でその州都サンルイスの土を踏んだ時は本当に感動した。


「もしかしたら、ここが俺の場所かもしれない」

そんな事を考えながら過ごし続けた。ここ2年間。
強く求めて、行動すれば、出来ない事は無い。
それが俺の知っているブラジル。


次に②。
俺が18歳の頃に北区の田端で始めたカポエイラ。
日本人の先生がアバダを東京に持ってきてくれたおかげで、幸運にもこの流派でカポエイラをするに至った。
しかし、先生はある日突然アバダを辞めてしまった。池袋でのレッスンの最後に「やめる」とだけ伝えられた。

その生徒達、つまり俺からしたら同期は既に指導者の資格を持っていたので、
アバダとして自分のクラスを継続している。
俺の場合は同期の生徒になる道理が無い。
厳しい国内研修を経て、48分の1の確率でリオの研修先を勝ち取った後に過ごした1年間の研修生活は、
全てカポエイラをより深く理解するための物だった。

同期を軽んじるわけでは決してないのだが、日本で誰かの生徒になるのは筋が通らない。
普及の協力なら手弁当でいっくらでもする。
ただ生徒になるのは違う。
あちらも持て余すだろうし。

ならば自分が今すべきことは、日本にアバダを持ってきてくれた先生がした様に、
自分で自分のカポエイラの師を見つけて弟子入りする事だ。

その生徒になれたとしても、この先はきっと簡単な道じゃないのだろうな。
でも考えすぎずに行動する事も一つの知恵だ。

運命を信じるだけじゃなく、運命に自分の事を信じさせなきゃいけない。
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Tag:ブラジル

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